2012年04月12日

何でも聞くという姿勢

他人からある知識や情報を聞かされたとき、すでに知っていることであっても、「へえ、ふうん、そうなの」と、大げさなほどに関心を示しながら聞いたほうがよい。
情報が有益かどうかよりも、相手が自分に伝えようと思ってくれたことがありがたいのだ。
「そんなこと知ってるよ」と鼻の先で笑うような態度をとっていると、他人から敬遠され、本当に重要な情報も集まらなくなってしまう。

まわりがくだらないバカ話で盛り上がっているときは、自分もバカになりきってはしゃいだほうがよい。はしゃぐのが苦手なら、ただ笑って聞いているだけでもよい。
「ふん、何をくだらないことを」ととりすましていると、「あいつに下手に話しかけると、見くだされそうで怖い」と思われ、人の心は離れていく。
バカな話もできない人は、「腹のうちを見せない奴」として、かえって信用されないものだ。

自分を賢く見せようとする人は、それが得策ではないことを理解していない点において、あまり利口とはいえない。
賢いと思われることよりも、他人から慕われ、一緒に笑えることのほうが大切だ。
どんな話でも、とにかく無邪気に聞きいれるという姿勢が大切だ。

(文・たかたまさひろ)
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2012年04月05日

いま、この世界がつくられた

今からほんの数秒前、全宇宙が、何か偉大なる力によってつくり上げられた。私が生まれてからの記憶も、その一瞬のうちに植えつけられたものである。この世界は、たった今、誕生したばかりなのだ。
―― そんなことは99.999999……%ありえないだろうが、可能性がまったくないことを論理的に証明することはできない。ひょっとしたら、そうかもしれないのである。

現実は私と関係なく存在するが、私にとっての現実は、私の意識がつくりあげるものにすぎない。
苦しかった経験も、傷ついた記憶も、失敗して恥をかいたことも、すべては幻である。そう考えることだってできる。
過ぎ去った現実が、現在の私を身体的に苦しめるわけでも、物理的な障害となるわけでもない。私の頭の中だけの問題である。

どんなにつらい人生を送ってきたとしても、これまでの記憶は、ただの幻にすぎない。いまこの瞬間に、世界は誕生し、私はまっさらな状態で産み落とされたのだ。
そう考えても、何の不都合もない。それが私にとっては紛れもない真実である。
これから私の人生が始まる。過去のいっさいのとらわれから逃れて、未来を自由に創造することができる。
何だかワクワクしてきたぞ。

(文・たかたまさひろ)
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2012年03月28日

人を裁くのは自分の仕事ではない

暴行、窃盗、詐欺などの被害にあったときは、警察に届ければよい。
それらの犯罪行為は「許されないこと」だから、法律で禁止されている。
逆にいえば、法律で禁止されていないことは、世の中の多くの人が「絶対に許せないとまではいえない」と考えている、ということだ。

他人に迷惑をかけられたり、傷つけられたりしたときは、まず冷静に、絶対に許せないことなのかどうかをよく考えてみよう。
絶対に許せないこと、つまりそれが法律に違反する行為なのであれば、法的手段に訴えるべきである。
後は警察が捜査するなり、裁判所が裁くなりしてくれる。

「絶対に許せないこと」ではないのなら、さっさと許してしまおう。腹を立てる時間と労力が無駄である。
ましてや、仕返しをしようなどとは考えないほうがよい。
法を犯した者は、司法が裁いてくれる。
法律に違反しないまでも悪いことをした人は、けっして自分を好きになれず、誇りももてず、むなしさの中で一生を送ることになるから、すでに自分自身によって裁かれているのである。

人が人を裁いてはいけない。裁く権利はない。
他人に腹が立ったときは、「人を裁くのは自分の仕事ではない」と自分の胸に言い聞かせよう。

他人を許さない人は、自分も他人から許してもらえない。
他人を裁こうとする人は、自分も他人に裁かれる。
人間は誰も完璧ではないのだから、自分もいつか過ちをおかすだろう。
自分のためにも、他人を許したほうがよいのである。
いや、許すも許さないも、「人を裁くのは自分の仕事ではない」のだ。

(文・たかたまさひろ)
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