2011年12月27日

強さと自信

自分はどうしようもなく弱い人間だと思っている人でも、確実に強くなれる方法がある。
「弱いなりに、ありのままの自分をさらけ出すしかない」と腹をくくることである。
どうせ隠しても他人には見抜かれているのだ。ならば、自分から素直に認めたほうがよっぽど潔い。
それが他人から見れば、芯の通った強さに見えることだろう。

自分に自信がもてない人でも、確実に自信をもつ方法がある。
「自信がなくても生きていける」と開き直ることである。
現にこれまで生きてこられたのだ。「もう生きていけない」と自分で勝手に決めつけさえしなければ、これからも生きていけるのである。
それは、誰も侵すことのできない、ひとつの大きな自信となる。

弱くても、自信がなくても、他人に迷惑をかけるわけではない。自分が損をする、ただそれだけのことである。
損をすることは、罪悪ではない。
そんな自分を責めては、よけいに損である。
他人に批判されるいわれはないし、命をとられるわけでもないのだから、堂々としていればいいのだ。

(文・たかたまさひろ)
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2011年12月21日

他人に失望したら

他人に失望したなら、自分が成長するためのいい機会だと思い直そう。

期待するから失望する。
付き合いが長くなると、どうしても「友達なのだから」「夫婦なのだから」「親子なのだから」と甘えが生じてしまうものだ。
他人が自分の思い通りになることを期待してしまう。

だが、他人と自分とは違う人間である。
考え方も違うし、好みも性格も生きる目的も違う。
思い通りにならないのが当たり前なのである。

他人は、自分の機嫌をとってくれるために生きているのではない。
世の中は、自分に都合よくお膳立てされているものではない。
「期待」という口説き文句で他人を利用するのはやめよう。
「期待」とは、つまり「要求」である。
他人にあれこれ要求ばかりする人に、誰がよろこんで何かをしてあげようと思うだろうか。

他人に失望することは、甘えやわがままと訣別するための第一歩なのだ。
自分の足で歩き出そう。自分で道を切り開こう。
そして、もし他人が自分のために何かをしてくれたら、そのときは心からの感謝を示そう。

(文・たかたまさひろ)
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2011年12月14日

慢心せず、卑下もせず

「私は賢いんだ、偉いんだ」という高慢な態度は、ひんしゅくを買う。
かといって、「私はバカにされても仕方のない人間だ」と自分をおとしめるのも感心しない。
「私は賢くはないから、虚心に他人の忠告を聞き、他人から学ぼう」と慎み深く生きるのがよい。

「私は優れた立派な人間だ」と威張りちらすのはよくない。
かといって、「どうせ私なんか、何の値打ちもない」と殻に閉じこもるのもつまらない。
「私はたいした取り柄もない人間だが、そんな私を認めてくれる人、慕ってくれる人がいることはありがたい」と、感謝しながら生きるのがよい。

(文・たかたまさひろ)
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