分類 / 悲しみ
2011年08月04日

区切りで気分一新

一日の長さはちょうどよい。
どんなに疲れていても、気分が沈んでいても、きまって日は暮れ、夜が明ければ、同じように朝が訪れる。
その区切りで、「また今日もがんばろう」と気分を一新できるようになっている。
もし昼と夜の区別がなく、いつ寝てもいい、いつ起きてもいいとしたら、だらだらと過ぎる時の長さにうんざりするだろう。

きょう自分の身に何が起ころうとも、確実に信じられることは、必ず夜がきて、また新しい一日がはじまるということだ。
これほど心強いことはない。

(文・たかたまさひろ)
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2011年06月27日

自分の陰口を耳にしたら

「誰々さんがあなたのことをこんなふうに言っていたわよ」と陰口を聞かされたら、なかなか心穏やかではいられないものだ。
しかし、人づてに聞いた自分の陰口というものは、かなり大げさに脚色されたものと考えてまず間違いない。

自分だって、たいした悪意はなくても、軽い気持ちで他人の噂話をしてしまうものである。
悪意があるのは、どちらかといえば、噂話をした人よりも、それをわざわざ本人に伝えた人のほうだ。

直接聞いたわけでもないのに、自分の陰口を言っていたという人のことを軽々しく非難すべきではない。
そして、特に気にする必要もない。たいていの場合、それほど悪意はないのだから。

(文・たかたまさひろ)
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2011年06月23日

欲望が生み出したもの

離婚したなら、その最大の原因は、結婚したことである。
会社が倒産したなら、その最大の原因は、会社を設立したことである。
高価な宝石が盗難にあったなら、最大の原因は、宝石を購入したことである。

得たものを失ったとしても、それはマイナスではない。プラスがゼロになっただけのことだ。
はじめから修行僧のように禁欲的な生活をしていれば、失うものもなかったはずだ。
しかし、それではあまりに味気ないので、私たちは地位、財産、愛情、賞賛などを求め、ゴテゴテと自分を飾りつけようとする。生きるのに必要以上のものをせっせとため込み、手放すまいと執着する。

何かを欲するのは人間の逃れられない性分だ。
欲望をもつのは悪いことではないが、さして褒められたものでもない。
欲によってよろこびも得られるが、また欲によって苦しめられもするということをあらかじめ了解しておくべきである。

自分の欲望を満たしていたものを失ったからといって、重大な価値が損なわれたかのように悲嘆することはない。損なわれたのは、自分本位な欲望の所産、ただそれだけだ。
丸裸にされて、はじめて自分の人間としての価値が問われるのである。そこから目を背けてはならない。

(文・たかたまさひろ)
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