分類 / 不安
2011年04月15日

多少の不利益は気にしない

他人の悪意や不注意によって自分が何らかの不利益をこうむったなら、泣き寝入りすることなく、正当な抗議を行うのはかまわない。
しかし、「どんなわずかな損害も見逃さないぞ」と過敏に警戒するのは、それ自体が大きな損害である。

まったくリスクのない世界、完全に平等な社会というのは存在しない。
多くの人は、多少の不利益には目をつぶって気楽に生きているのだ。
自分だけが割を食っていると思うのは、とんだ思い上がりだ。

「損をすることは絶対に許せない」とつねに神経を尖らせ、他人の非を責め、責任を追及していたら、人生を楽しむ暇がない。
損害を防ぐことも大事だが、そのために損害を上回るコストがかかったのでは元も子もない。千円の商品を購入するのに、どの店が安いかを二千円の交通費をかけて調べ回るようなものである。
多少の不利益を気にかけるよりも、人生を楽しむためにエネルギーを使ったほうが得策だ。最終的に収支がプラスになれば、それでよいのだ。

(文・たかたまさひろ)
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2011年03月10日

根拠のない過信

薬物中毒から立ち直り、現在は中毒患者を更生させる施設の職員となっている男性が、テレビで語っていた。
薬物中毒患者のほとんどは、はじめは「自分は、やめようと思えばいつでもやめられる」と思って手を出すのだそうだ。
「中毒になるような人は意志が弱いのだ。自分はそれほど間抜けではない」と、好奇心から軽い気持ちで始めてしまう。
しかし、本当に意志が強ければ、そんな誘惑には負けないはずだ。
薬物に手を出していることが、どうしようもなく意志が弱いことの証しなのに、その自覚がなく、「自分だけは大丈夫」と根拠のない過信を抱いてしまっている。それがそもそもの過ちなのだ、と。

真に強い人、能力のある人は、「自分は何でもできる。絶対に失敗しない」などとは思っていない。
自分の弱さ、未熟さをわきまえ、用心しているから、失敗することが少ないのだ。

(文・たかたまさひろ)
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2011年02月19日

見られている

男は、その女の視線が気になって仕方がなかった。
電車に乗ったときに、たまたま目が合った。そのとき女は驚いたように、はっと目を伏せたのだ。妙に不自然な態度だった。

男は、少し離れた席に座り、悟られないように幾度か女を盗み見た。
どうやら彼女は、何気ないふりを装っているが、ちらりちらりとこちらをうかがっているようだ。
知り合いだろうか。いや、俺にはあんな美人の友人はいないはずだ。

顔を上げると、また目が合った。間違いない。俺を見ている。気のせいなどではなかった。
どこかで会ったのだろうか。知らず知らず恨みでもかったのか。
記憶をたぐったが、女の顔に見覚えはない。
好意の視線ではないことはたしかだ。一目惚れされるような柄ではないことは、自分でよく分かっている。

汚いものでも見るような目つき。なぜそんな目で見るんだ。俺がいったい何をしたっていうんだ。
そういえば俺は以前から、まったく悪気はないのに、突然人に怒られたり、嫌われたりすることがある。
俺の性格や行動に問題があるのかもしれないが、理由が分からないのだから、反省のしようがない。
どいつもこいつも、俺のことバカにしやがって。ちくしょう!
いい加減にしてくれ、ほっといてくれ。ああ、誰もいない土地で独りきりで暮らせたら、どんなに楽だろう。

駅に着いて電車を降りると、女もホームに降りてきた。
急ぎ足でこちらに向かってくる! 俺をにらみつけながら。
何か文句があるのか。

女は男の前に立ちはだかった。
男は腹をくくって、女を正面から見すえた。
俺は何も悪くない。ひるむものか……。
女は怒ったような、怯えたような顔で、言い放った。
「ちょっとあなた、何か用? 私のこと変な目でジロジロ見てたでしょう!」

(文・たかたまさひろ)
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