分類 / 迷い
2012年03月07日

まず自分の土台固めを

飛行中の航空機内で、何らかの異常により酸素が薄くなったときには、酸素マスクが自動的に降りてくる。
航空会社では、客が幼い子供を連れている場合、まず親が自分の酸素マスクを着用し、次に子供にも着用させるよう案内している。子供が先ではなく、親が先である。
ふつうの親心として、子供の安全を優先させたいと思うところだが、親が意識を失ってしまっては、幼い子供は自分で自分を守ることができない。子供が意識を失っても、親がしっかりしていれば、助けてやることができる。
子供を守るためにも、まず親自身の安全を確保するのが緊急時の鉄則なのだそうである。

いつも他人に気を使い、気を回しすぎて、へとへとに参ってしまっている人がいる。
「人の役に立ちたい」「困っている人を助けてあげたい」という思いは立派だが、自分に余裕がないのに、自分以上に他人を優先させる必要はない。
他人を助けるためには、まず自分の土台を安定させなければならない。
精神的、経済的、体力的に厳しい状態にあるときには、自分のことを第一に考えてもよいのである。

自分を優先させることは、けっしてわがままではない。
自分を大事にできない人が、他人を大事にできるわけがない。
無理に自分を犠牲にしてまで他人の役に立とうとするよりも、自分の安定を確保してから、余裕があれば他人を助けるようにしたほうが、より長く、より多くの人助けができるのである。
他人のためにも、まず自分を守ることを優先させてもよいのである。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2012年01月11日

幸せの証明

以前、友人が雑誌の広告に載っていた「幸せを呼び込むペンダント」というものを買った。
そのペンダントを身につけていると三ヶ月以内に大きな幸運が舞い込むという、かなり怪しげなものだが、「効果がなければ全額返金します」と書かれていたので、試してみる気になったそうだ。

ところがというか果たしてというか、三ヶ月たっても、別段変わったことは起こらない。
友人は、返品しようとメーカーに電話をかけた。
メーカーからの返事は、こうだった。
「もしペンダントをもっていなかったら、あなたは、交通事故で大けがをしていたんですよ」
とんでもないインチキに引っかかったわけだが、しかし、この言葉は、はからずも幸せというものの本質を見事についている。

「何もいいことがない」と言っている人も、その何気ない日常がどれだけ幸せだったかを、失ってはじめて気づくのだ。
プラスを積み重ねることばかりが幸せではない。不幸を意識してこそ、幸せが際立つ。
今が幸せだと思えなければ、どれだけ多くのものをえても、幸せは感じられない。

幸せか不幸かを客観的に論証することはできない。
幸せとは何か。
自分を幸せだと思うこと。その一言に尽きる。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年12月14日

慢心せず、卑下もせず

「私は賢いんだ、偉いんだ」という高慢な態度は、ひんしゅくを買う。
かといって、「私はバカにされても仕方のない人間だ」と自分をおとしめるのも感心しない。
「私は賢くはないから、虚心に他人の忠告を聞き、他人から学ぼう」と慎み深く生きるのがよい。

「私は優れた立派な人間だ」と威張りちらすのはよくない。
かといって、「どうせ私なんか、何の値打ちもない」と殻に閉じこもるのもつまらない。
「私はたいした取り柄もない人間だが、そんな私を認めてくれる人、慕ってくれる人がいることはありがたい」と、感謝しながら生きるのがよい。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ