分類 / 怒り
2011年05月22日

ストレスは「たまる」ものではない

ストレスを「ためる」のはよくない。
「感じる」だけにしよう。

「たまる」「ためる」と表現してしまうと、いかにも胸の中に澱がよどんでいるようで、重苦しい気分になる。
単に「いま、感じているだけ」とみなせば、ストレスの要因がなくなればストレス自体も消えてなくなるのだ。
流れる水で水車が回っているさまをイメージするとよい。水の流れがとまれば水車も止まる。

ストレスは、嫌なことがあった瞬間だけ「感じる」もの。
そして、水のようにさらさら流れていくもの。
流れ去った後は、もうここにはない。

(文・たかたまさひろ)
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2011年05月17日

他人に振り回される

恋人のわがままに振り回される。
へそ曲がりな友人に振り回される。
横暴な親に振り回される。

一人では生きられない子どもではないかぎり、または暴力で脅されているわけではないかぎり、「他人に振り回される」という言い方は正しくない。
自分が人に好かれたい、頼りたい、嫌われたくない、という我執に振り回されているのだ。

「私を嫌う人は許せない」「他人に見捨てられたら生きていけない」
相手を非難しながら、相手に依存するという相反する欲求。嫌なことを嫌と言えない自分のはがゆさに疲れてしまうのだ。
「他人に振り回されている」というよりも、「他人を自分の理想の型に押し込めようと四苦八苦している」にすぎない。

他人は自分の思いどおりにはならない。
このあまりにも当たり前の事実をわきまえていれば、けっして他人に振り回されるということはない。

(文・たかたまさひろ)
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2011年05月05日

不機嫌を受けとらない

いつも不機嫌な人というのがいる。
そういう人は、自分だけが不機嫌であるのが悔しいので、まわりにも不機嫌をまき散らして、他人も巻きぞえにしようとする。
わざと他人を怒らせたり、悲しませたりして、「不機嫌なのは自分だけではない。他人の心だって汚れているじゃないか」ということを確認して、内心ほくそ笑んでいるのだ。

「不幸のおすそ分け」をわざわざご親切に受けとってやる必要はない。
不機嫌な人から嫌なことを言われたり、されたりしたときは、心の中でこう宣言しよう。
「私は、あなたの不機嫌を絶対に受けとりません」

不機嫌な人は、他人が幸せそうにしているのが我慢ならない。だから、何とかして自分と同じ位置にまで引きずり下ろそうとする。
挑発に乗って腹を立てては、それこそ相手の思うつぼだ。

不機嫌をまき散らす人には、あくまで紳士的に、冷静に対応すべきだ。まともに相手にされないことが、もっとも相手が嫌がる反応である。
「私を怒らそうったって、その手にはのりませんよ。イライラしたいなら、一人で勝手にどうぞ」と、素知らぬ顔をしていればいい。

贈り物を受けとらなければ、それは相手のものとなる。
不幸のおすそ分けは、突き返してやればいい。相手がますます自分を嫌いになるだけだ。
「あなたの不機嫌は、あなたのもの。私には関係ありません」という態度が、この上なく効果的な復讐なのだ。

(文・たかたまさひろ)
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