分類 / 怒り
2011年07月26日

恩義は相手が感じるもの

会社を整理解雇された中年サラリーマンが嘆く。
「長年、会社のためにつくしてきたのに、恩を仇で返されたような気分だ」
だがそれは、まるで一方的に貸しをつくったような言い方だ。
「長年、会社に雇われ、給料をもらってきた」のだから、それでチャラである。貸し借りなどない。
解雇が不当なものであるなら法的手段で訴えるべきだが、恩知らずだの何だのという感情論は別問題だ。

「恋人のわがままを許してやったのに」
「友人の頼みをきいてやったのに」
「家族のために働いてきたのに」
借りよりも貸しのほうが多い、と思うことは不幸である。
他人の不義理を責めてばかりいる人は、きっと自分も他人から恩知らずだと思われている。何しろ「自分が他人にしてやったこと」しか頭にないのだから。

まったく自分のためにならないことをやる人はいない。
「他人のためにしてやったこと」も、結局は自分のためなのだ。「見返りが少ない」と腹を立てていることが何よりの証拠である。
「恩を仇で返された」のではなく、「恩を売りつけようとする態度がうとまれ、愛想をつかされた」だけなのかもしれない。

恩義は相手が感じるもの。
押しつけなければ感じてもらえない恩義など、たいしたことはないのだ。
借りばかりつくって申し訳ない、他人や社会にもっと恩返ししなければ、と思いながら生きるほうがはるかに幸せである。

(文・たかたまさひろ)
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2011年07月06日

人は被害者になりたがる

国家が戦争を始めるとき、必ずといっていいほど「正義のため」「自由のため」ということを強調する。
相手国が先に悪いことをした。自分たちの国は被害を受けた。本当は戦いたくはないが、これ以上の被害を防ぐためには攻撃せざるをえない。
「自分たちこそ被害者だ」と訴えて、それを上回る損害を相手に与えることを正当化する。

戦争が好きな人たちは、実のところ戦いたくてうずうずしている。
しかし、どんなに好戦的な人でも、自分が加害者、侵略者という汚名を着せられたくはない。だから、血眼になって「自分が受けた被害」をほじくり出そうとする。
ほかの国を攻撃できる口実になれば、どんなささいなことでもいいのだ。

「他人にこんな失礼な態度をとられた」
「こんな無神経なことを言われた」
「いつも他人に意地悪をされる」
あいつが悪い、こいつが悪い、と何かにつけて食ってかかる人がいる。
そういう人は、心の奥に他人を攻撃したいという欲求を隠しもっていて、それを正当化する理由を探しているのかもしれない。

人は被害者になりたがる。
被害を受けたことを嘆きながら、実はみずからすすんで、あるいは無自覚のうちに、被害者を演じたがる。
「被害を受けた」という大義名分をえれば、心置きなく他人を攻撃できるからだ。「私も本当は怒りたくなんかない。でも、他人が悪いのだから仕方がない」と自分に言い訳をして。

「私はかわいそうな被害者だ」という思いにとらわれたなら、一度自分にこう問いかけてみなければならない。
被害を受けたから腹が立つのではなく、本当は、「自分の人生がつまらない」「自分を好きになれない」という苛立ちをつねに抱えていて、そのうっ憤のはけ口をどこかに求めているのではないだろうか、と。

(文・たかたまさひろ)
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2011年06月02日

偉そうにする人

他人に偉そうな態度をとられて腹が立つのは、「自分も偉そうにしたい」という対抗心があるからである。

偉そうにする人は、誰も自分に敬意を表してくれないから、「もっと私を認めてくれ」と涙ぐましくも訴えているのだ。
しかし、どんなに地位が高くても、偉そうにする人はけっして偉いとは思われない。陰で笑いものにされるだけである。
慎ましやかに生きていれば、慕われ、尊敬される可能性も高くなるのに、みすみすその機会を手放してしまっているかわいそうな人なのだ。

偉そうにする人も愚かだが、それに対して悔しがる人は、もっと情けない。「自分も偉そうにしたいのに、できない」だけなのだから。同じ穴のむじなである。
「他人と自分とどちらが立場が上か」をいつも気にかけているから、見くだされることが我慢ならないのだ。

大金をギャンブルにつぎ込んで大損している人を見ても、「何と愚かなことを」とは思うだろうが、「悔しい」とは思わないはずである。
他人が勝手に損をしているだけで、自分とは関係のないことである。「自分も負けずに損をするぞ」と張り合う人はいない。

偉そうにする人は、敬愛を受ける権利を放棄している愚かな人である。損をしているのはほかでもない当の本人だ。
他人に偉そうな態度をとられても、自分は何も損をしていないのだから、ほうっておけばいい。
「謙虚なほうが人間として上等だ」ということが分かっていれば、いくら他人に偉そうにされても、自尊心は傷つかないものなのだ。

(文・たかたまさひろ)
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