分類 / 怒り
2011年12月03日

人それぞれに事情がある

近所の人や職場の同僚にあいさつをしたのに無視をされてしまったなら、腹を立てる前に、こう考えてみよう。
相手は、気もそぞろで、あいさつどころではなかったのかもしれない。
その理由を10個想像してみる。

「なくした財布を探していた」
「夫婦げんかをして苛立っていた」
「はげしい便意をこらえていた」
「虫歯の痛みに悩まされていた」
「不眠症で頭がぼんやりしていた」
「子供の病気を心配していた」
「内緒にしているが、実は片方の耳が不自由である」
「健康診断で再検査が必要と言われ、不安で仕方がない」
「身内に不幸があって落ち込んでいた」
「大きな仕事を前に緊張していた」

他人に対する不満の多くは、想像力の欠如から起こるものである。
他人には他人の事情がある。
事情も知らないくせに、軽々しく他人を批判すべきではない。
頭の体操だと思って、他人の事情をあれこれ想像してみよう。

(文・たかたまさひろ)
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2011年11月11日

みんな子ども

他人の無神経な発言や無責任な行動に腹が立ったとき、怒りをしずめる応急的な方法として、「相手は幼い子どもだ」と考えてみればよい。
無邪気な子どもに何を言われても、何をされても、たいていは許せるはずである。

他人に対する怒りは、「相手を分別も良識もある一人前の大人であるとみなしつつ、非難している」という愛憎入りまじった不可思議な感情である。
他人に腹を立ててばかりいる人は、批判的すぎるのではなく、むしろ批判が足りないのである。
「相手を一人前の大人と認めず、子ども扱いする」のがもっとも厳しい批判である。
どうしても怒りがおさまらないなら、中途半端な批判はやめて、最大級の批判をすればよいのである。つまり、相手を子どもだとみなすのだ。

子どもは弱いのだから、大人が守ってやらねばならない。子どもが間違ったことをしたときは、大人が正しい道を示してやらねばならない。
それができず、文句を言ったりすねたりしているだけなら、自分も同じく幼い子どもだということである。

みんな子ども。
そう思えば腹は立たない。

(文・たかたまさひろ)
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2011年10月20日

私はそうは思いませんが

「こんなことも知らないなんて、バカだな」と言われたら、こう答えればよい。
「あなたは私をバカだと思うのですね。私はそうは思いませんが」

「お前は、まったく役立たずだな」と言われたら、こう答えればよい。
「あなたは私を役立たずだと思うのですね。私はそうは思いませんが」

他人にバカにされて、腹を立ててしまっては、相手が言ったことを認めたことになってしまう。
言われたことについて、自分もそう思うのなら、他人に言われなくても改めるよう努力をしなければならないし、自分がそう思わないのなら、まったく気にすることはない。

「他人に言われたこと」を気に病む人は、自分の考えをもたない人である。
他人にバカにされたからといって、自分が本当にバカになるわけではない。相手が「人をバカにするような傲慢な人間である」という事実があるだけだ。それは相手が解決すべき問題であって、自分とは関係のないことである。
自分は自分の考えに従って生きればいい。

自分がどう考えようと自由であるのと同じように、他人がどう考えるのも自由である。自分の意に沿わないからといって他人を変えようとするのもまた愚かなことだ。
他人には他人の考えがあり、自分には自分の考えがある。どちらが正しいわけでもない。
人の数だけ意見があるのだから、他人の考えをいちいち否定して回っていたらきりがない。
他人の意見は、「そういう考え方もある」と、ただ参考にするだけでよい。

他人にバカにされたときは、冷静にこう言い返そう。はっきり言えない立場の相手なら、心の中でひっそりつぶやこう。
「あなたはそう思うのですね。私はそうは思いませんが」と。

(文・たかたまさひろ)
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