分類 / 怒り
2012年06月08日

嫌な人は引き立て役

他人の悪口ばかり言ったり、何でも人のせいにしたり、他人が傷つくようなことを平気で言ったり、偉そうな態度をとったり……。
嫌な性格の人は、誰のまわりにもいる。
文句を言いたいが、なかなか言えない。いつもイライラさせられてばかり。

そういう悩みから抜け出せないときは、自分と相手との関係ばかりにとらわれず、少し視野を広げて、「まわりの人に私たちはどう映っているか」を考えてみるとよい。
嫌な性格の人は、勝手に「自分の引き立て役」だとみなしてしまおう。

嫌な性格の人は、たいてい誰からも嫌われているものである。その人に比べれば、自分はただふつうにしているだけで、「いい人」に思われるだろう。
「頼みもしないのに、私を引き立ててくれて、ありがとう」と心の中でほくそ笑んでおけばいい。心に余裕が生まれ、そんな人のことなどどうでもよく思えてくるものである。

(文・たかたまさひろ)
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2012年05月28日

自分を許す

他人に対する怒りや恨みをいつまでも引きずるのは、とりもなおさず、「相手との関係を断ち切れない」ということである。
憎い憎いと言いながら、自らすすんでそんな相手とのつながりをたもち続けているのである。

なぜ怒りを忘れられないのか。他人を批判しているかぎり、自分と向き合うことから逃れられるからである。
「私が毎日イライラして、自分を好きになれないのは、あいつのせいだ」と、不幸の原因を何もかも他人のせいにできるからである。

人を許すことは難しい。
人を許せば、自分を傷つけた相手の行為を認め、自分がすごすごと引き下がったことになってしまう。それでは気持ちがおさまらない。
だが、恨み続けることは、他人に傷つけられたこと以上に、自分で自分を傷つけることになるのだ。

他人を許すのではなく、自分を許そう。
他人と勝負するのではなく、自分に打ち勝とう。

他人に仕返しをしても、何の得にもならない。
しかし、他人を許し、心のとらわれから解放され、毎日を明るく楽しく過ごすことは、自分にとって大きな利益である。
いい意味で「自分さえよければいい」と開き直ろう。
「他人とどう付き合うか」よりも大事なことは、「自分とどう付き合うか」ということだ。
自分と向き合い、自分の幸せを第一に考えよう。

(文・たかたまさひろ)
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2012年05月04日

何を隠そうとしているのか

他人に対する怒りとは、ほとんどの場合、「自分が認めたくない感情」を隠そうとする働きである。
恥。嫉妬。罪悪感。敗北感。自己嫌悪。
自分を好きな人、自分の人生を楽しんでいる人は、他人の言動にいちいち目くじらを立てたりしない。

怒りを感じたときは、自分に正直にこう問いかけてみよう。
「私は、いったい何を隠そうとしているのか」
自分では弱みを隠しているつもりでも、他人にはきっと見破られているに違いない。他人をあまり見くびらないほうがよい。

自分の中のみにくい感情に対する扱い方は、二通りしかない。
「はっきりと認めて、向き合う」か、「ごまかそうとして、陰で笑い者にされる」かのどちらかだ。隠し通すことなどできない。

自分の弱さを認めることは、恥ずかしいことではない。弱さを認めまいとして強がることのほうが、何倍も恥ずかしいことだ。

(文・たかたまさひろ)
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