2012年02月11日

欲望の着地点

愛情を求めてやまない人は、愛に飢えていることが問題なのではない。
どれだけ求めても満足できないことが問題なのである。
「これぐらいなら、まあ満足」という自分なりの着地点を定めていないから、ざるに水を注ぐように際限なく求めてしまうのである。

恋人も友人もお金も出世も、何かを求めるときは、しっかり水をためられる容器を自分の心に思い描かなくてはならない。
容器が水で満杯になったら、それで一応は満足する。水が少なくなったら、不足分だけを注ぎ足す。そう考えればいい。

心の容器の大きさを決めていなければ、いつまでたっても満たされるはずがない。
幸せを感じられないのは、ざるに水を注いでいるからである。

(文・たかたまさひろ)
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