2012年02月06日

愛情のとらえ方の違い

他人に対する気遣いには、大きく分けて旅館型とホテル型の二通りがある。
旅館では、「お食事はお風呂の後になさいますか」「お布団をお敷きしましょうか」などといろいろ声をかけてくれる。
いっぽうホテルでは、こちらから声をかけないかぎりほうっておいてくれるが、何か頼みごとをしたときには、丁寧に応対してくれる。

旅館のように世話を焼いてくれるほうが居心地がいいという人もいるが、逆にわずらわしいという人もいる。
ホテルのようによけいな干渉をされないほうがくつろげるという人もいるが、逆に物足りなくて寂しいという人もいる。
旅館もホテルも、客をもてなす心は同じだが、その表し方が違うだけである。

家族や恋人に対して、「私は愛されていない」と感じるのは、愛情の表現の仕方の違いによるものが多いようだ。
一日に何度もメールや電話で連絡を取り合うのが好きな人もいれば、それを「行動を監視されているようで嫌だ」という人もいる。
すべてを包み隠さず打ち明け、話し合いたいという人もいれば、どんなに親しい間柄でも踏み込んではいけない領域があると考えている人もいる。
交わす言葉の多さが愛情の証しか、それとも、何も言わなくても信じ合えるのが愛情の深さか。
どちらが正しいわけではなく、単に好みの問題だ。

「愛されていない」わけではなく、自分は旅館型の愛情を求め、相手はホテル型の愛情を示しているにすぎないのかもしれない。
自分が「愛されていない」と感じるのは仕方がないにしても、だからといって相手を冷たい人だと決めつけて非難してはいけない。
自分が勝手に定めた「愛の定義」に他人を当てはめて評価してはいけないのだ。

愛情をどう表現するかは、人それぞれだ。相手には相手の表現の仕方がある。
愛される人とは、他人の愛情をうまくくみ取れる人のことをいうのだろう。

(文・たかたまさひろ)
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