2012年01月29日

自分はたいした人間ではない

「どうせ自分は誰からも必要とされていない。自分は何の価値もない人間だ」と絶望してしまう人は、自分に自信がないというよりも、むしろ自信過剰の傾向が強すぎるといえる。
「自分はたいして人さまの役には立っていない」と慎ましくへりくだるのは、悪いことではない。
間違っているのは、「だから、自分には価値がない」と短絡に結論づけてしまうことだ。

人は誰も、そんなに偉くはない。
「私は世のため人のために貢献してきた、立派な人間だ」とうぬぼれている人は、はたから見れば痛々しいほどに滑稽なだけだ。
もちろん、人に必要とされる人間になりたいという目標をもつのはよいことである。
と同時に、「自分はたいした人間ではない」と冷静に省みることも大切だ。

高い理想に向かって努力しながらも、まだまだ自分は理想に到達していないという謙虚さをもって生きていけばいいのである。
「私は他人から感謝され、敬われるべき人間だ」という思い上がった考えがそもそも間違っているのだ。
自分は人の役に立っていない。いいじゃないか。自分は人から尊敬されていない。いいじゃないか。胸の底に潜んでいる高慢さを抑えるために、あえてそう自分に言い聞かせるぐらいでちょうどよいのだ。

何に向かって努力しているかということが、その人の人格を決める重要な要素となる。
どういう理想をかかげ、それを実現するためにどう行動しているかということに意味があるのだ。
理想を実現できなくてもいい。いや、実現できたなどと思い上がらないほうがいい。
目標に向かって走り続けている姿こそがすばらしいのである。そんな自分に誇りをもてばいい。

(文・たかたまさひろ)
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