2011年10月05日

他人の心は他人の自由

他人から嫌なことを言われたり、されたりしたときは、その言動に対して抗議をするのはかまわない。
しかし、相手の心の中まで責めてはいけない。

「不愉快だからやめてくれ」と言うのはよいが、「あなたはなんて冷たい人だ」と言ってはいけない。
「悪口を言うな」と言うのはよいが、「なぜ私を嫌うんだ」と言ってはいけない。
「ちゃんと仕事をしろ」と言うのはよいが、「やる気を出せ」と言ってはいけない。

どんな性格で、何を重んじて生きようが、誰を好きになろうが嫌おうが、その人の自由である。というより、他人にはどうしようもないことだ。
行動は他人が強制することはできても、心の中は、本人が変わろうと思わないかぎり、けっして変わらない。

実際に他人から傷つけられたり、迷惑をかけられたりしたときは、その都度、行為自体を非難するのはかまわない。が、相手の人格を責める権利は誰にもない。
自分がそれほどご立派な人格者だというなら、他人のアラを責め立てるよりも、長所を引き出して伸ばしてやればいいのだ。
相手がどんなに嫌な性格だったとしても、その人格を否定するほうも相当に意地が悪い。

他人の心を操作しようとしてはいけない。
人間関係に強いストレスを感じてしまうのは、実際に受けている被害以上に、他人の心までも自分の思いどおりに操ろうとして、それができないもどかしさに苦しんでしまうからだ。

当然ながら、自分が何を考えるかが自由であるのと同じように、他人がどう思うかも自由である。
どうしようもないことはどうしようもない、と割り切るしかない。
他人の心に介入することをやめれば、ストレスは半分以下にまで緩和されるだろう。

(文・たかたまさひろ)
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