2011年09月30日

無限の可能性?

人生を選ぶにおいて、選択肢は少ないよりは多いほうがよいに決まっているが、あまりに多すぎるのは、かえって不幸といえるかもしれない。
どれを選んでも、つねに「もっとほかの道があったのではないか」という疑念がつきまとう。「これでよかった」という安心感がいつまでたってもえられないのだ。

「無限の可能性」という言葉がよく使われる。これは理屈としては嘘ではない。
ただし、条件のよいところには希望者が殺到するわけだから、そこには過酷で非情な争奪戦が待ち受けている。
みなが皆、望むとおりの成果をえられるわけではない。大多数の人は、やはり適当に妥協し、見切りをつけなければならない。
期待をあおった側に文句を言っても、「可能性はあったのに、実力がなかっただけだ」と自己責任に帰せられておしまいだ。

職業も結婚も住居も、欲をいえばきりがない。
視野を広くもつのはよいが、「無限の可能性を追う」のなら、「一生かかっても満足できない」ことを覚悟しなければならない。
社会制度としてはすべての人に無限の選択肢が与えられているが、人生の時間にも個人の能力にも限りがあるのだから、実際の選択肢は有限だ。
自分で選択肢を絞らなければならない。

「万のうちの一つ」を探しあぐねてさ迷っている人よりも、「五つから一つ」を選んで充足している人のほうが幸せではないだろうか。
真面目にひたむきに生きていれば、チャンスは向こうからやってくる。それくらいの潔さがほしい。

(文・たかたまさひろ)
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