2011年09月20日

好きな道を選ぼう

「恋人のことをそれほど好きではないが、強く求められたから、仕方なくつき合っている」という人よりも、「心から好きになった人に告白して、ふられてしまったが、その思いは今も胸に大切にしまっている」という人のほうが、愛に満たされていると言える。

「親に大学に行けと言われたから進学したが、大学生活がちっともおもしろくない」と愚痴をこぼしている人よりも、「どうしても大学で学びたいことがあったから、学費は自分で工面するという条件で、親の反対を押し切って進学した」という人のほうが、実りある人生を送ることができる。

何ごとも、「好きこのんでやっているわけではない。人に言われたからそうしているだけだ」ということにしたほうが、表面的には楽なように思える。失敗しても責任をとらなくてよいし、傷つかなくてすむ。
「頼まれて仕方なくやっているんだから、ガタガタ文句を言うな」と、自分のわがままを通しやすいようにも思える。

だが、「好きでやっているわけではないこと」をいくら積み重ねても、残るものは虚しさ以外に何もない。
十の「仕方なくやっていること」にわずらわされるよりも、たった一つの「どうしてもやりたいこと」に情熱を捧げるほうが幸せだ。

いや実は、「人に言われたから仕方なくやっている」ということなど、ありはしない。「嫌われたくないから」「庇護を受けたいから」「ほかに楽しいこともないから」という消極的な理由で、やはり自ら選んでいるのだ。
どうせ選ぶなら、積極的に、自分の好きな道を選ぼうじゃないか。
好きな道を突き進んでいる人は、たとえ挫折しても、けっして後悔しない。不自由でも不平を言わない。
自分で選んだのだから、言い訳ができない。だからこそ、自分の人生を生きているというたしかな手応えを感じられるのだ。

(文・たかたまさひろ)
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