2011年05月26日

メールの返事がこない!

メールの返事がこなくても、気にすることはない。

面と向かって話しかけたのにあからさまに無視をされたのなら、相手は怒っているか、自分をバカにしているのだろう、ということは分かる。それを失礼な態度だと抗議するのはかまわない。
しかし、メールの返事がこない理由は、相手がまだメールを読んでいないのか、何らかの手違いや不具合でメールが届かなかったのか、忙しくて返信をする時間がないのか、返信の内容をじっくり考えているのか、はたまた返信するほどのものでもないと判断しているのか、まったく分からない。

メールでは、相手の事情は分からない。それを承知の上で送らなくてはならない。
重要な用件なら直接会って話すべきだし、急ぐのならせめて電話をかけて話すべきだ。
メール以外に連絡手段がない、相手の居場所も分からない、というのなら、しょせんその程度の浅い関係でしかないのだから、嫌われたのではないかと気に病む必要もない。

メールで心は通じない。
親しい友人や恋人、家族から優しい内容のメールをもらって心が温まるのは、ふだん実際に会って話をし、信頼し合い、尊重し合っているという前提があるからだ。
メールはコミュニケーションの補助的な手段にすぎない。
「メールがこなければ不安になるような関係」ならば、何千何万通のメールで互いの心を探り合っても、信頼や理解は深まらないのだ。

「メールなら素直に何でも話せる」という人がいるが、直接言えないことは、メールでも言うべきではない。
直接言いにくいことは、本当に重要なことである。それならなおさら、メールなどという簡便な手段ではなく、口で言うべきだ。
ケンカをした相手にメールで「ごめん」と送るのは、素直に謝ったことにはならない。
謝罪というのは、相手の目を見て、神妙な面持ちで、頭を下げてするものだ。全身全霊で謝意を表すべきものだ。
メールは、ふんぞり返ったままでも、舌を出してせせら笑いながらでも、送ることができる。そんなもので気持ちは伝わらない。
メールを送っただけで誠意を伝えたことにするのは、横着というものである。

メールは、「特に大事な用ではないけれど、暇があれば読んでください」という程度の軽い気持ちで送るものだ。
いわば、ただの暇つぶしである。
暇つぶしに他人がつき合ってくれないからといって腹を立ててはいけない。相手はそれほど暇ではないのかもしれないのだから。
どうしても返事がほしいのなら、直接話せばいいだけのことだ。

(文・たかたまさひろ)
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