2011年05月13日

自分の命は誰のもの

自分の命は誰のもの? 自分のもの?
いや、みんなのものだ。
全人類とまではいわずとも、これまで自分がかかわってきたすべての人のものだ。

何もかもが嫌になって、ふと死にたいという思いが頭をよぎったときには、思いだそう。
自分の命は自分だけのものではない。
勝手に粗末に扱うことは許されない。

そう考えることは、自分をおとしめることにはけっしてならない。
むしろ、自分を大切にし、自分の価値を高めることになるんだ。

自分の命が自分だけのものだとしたら、もしそれがなくなっても誰も困らない、ということになってしまう。
それではあまりにも寂しすぎる。
自分が買った本なら、読んだあとは捨てようが人にあげようが自由である。
だが、図書館で借りた本は、おもしろくないからといって勝手に処分してはいけない。みんなの共有財産なのだから、大事に扱わなくてはならない。

「どうせ誰も私のことを分かってくれない。私は独りぼっちだ」
それはまるで自分一人の力で生きてきたような、はなはだ厚かましいもの言いだ。
人は一人では生きられない。
生まれてすぐに無人島に置き去りにされていたら、絶対にいま生きてはいないだろう。
これまで生きてこられたのは、数え切れないほど多くの人が自分を支えてくれ、世話をしてくれたおかげだ。
残りの人生をその恩に報いるためだけに使おうと思っても、とても時間が足りないくらいなんだ。

自分の命は自分だけのものではない。
みんなのもの。大事なもの。多くの人の思いがつまっているもの。
死ぬか生きるかを選ぶ権利なんて自分にはないんだ。

(文・たかたまさひろ)
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