2011年04月15日

多少の不利益は気にしない

他人の悪意や不注意によって自分が何らかの不利益をこうむったなら、泣き寝入りすることなく、正当な抗議を行うのはかまわない。
しかし、「どんなわずかな損害も見逃さないぞ」と過敏に警戒するのは、それ自体が大きな損害である。

まったくリスクのない世界、完全に平等な社会というのは存在しない。
多くの人は、多少の不利益には目をつぶって気楽に生きているのだ。
自分だけが割を食っていると思うのは、とんだ思い上がりだ。

「損をすることは絶対に許せない」とつねに神経を尖らせ、他人の非を責め、責任を追及していたら、人生を楽しむ暇がない。
損害を防ぐことも大事だが、そのために損害を上回るコストがかかったのでは元も子もない。千円の商品を購入するのに、どの店が安いかを二千円の交通費をかけて調べ回るようなものである。
多少の不利益を気にかけるよりも、人生を楽しむためにエネルギーを使ったほうが得策だ。最終的に収支がプラスになれば、それでよいのだ。

(文・たかたまさひろ)
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