2010年09月13日

「しなければならないこと」などない

「会社に行きたくないが、行かなければならない」
いや、会社が嫌なら、さっさと辞めればいいのだ。
山奥の掘っ立て小屋で、作物を育て、電気もない水道もない、自由気ままな生活をしたければ、そうすればいい。
しかし、一人で生きていくのはたいそう困難である。
会社で給料をもらって生きていく方が楽だ。
雇ってくれる人がいて、一緒に仕事をしてくれる人がいて、商品を買ってくれるお客がいる。「人の助けを借りて生きている」ということだ。
一人だけの力で生きるより、人の助けを借りて生きるほうがよいと思うから、そうしているのだ。
「会社で働かなければならない」のではなく、「会社で働きたいから、働いている」のだ。

「人に気を遣わなければならない」
いや、気を遣いたくなければ、使わなくてもよいのだ。
ただし、まったく人に気を遣わない人間は、なかなか人に好かれない。困ったときに誰も助けてくれない。
誰からも好かれずに生きていくのは、味気ないものだ。
人と仲良くやったほうが楽しいから、相手を大切にしたいから、気を遣っているのだ。
「気を遣わなくてはならない」のではなく、「気を遣いたいから、気を遣っている」のだ。

「〜ねばならない」という考えは、うまくいかなかったときの言い逃れにすぎない。
自分から進んでやったことがうまくいかなければ、プライドが傷つく。
「好きでやっているわけではない」と思えば、傷つくことを避けられる。
しかし、いやいややっているからうまくいかないし、何をやっても楽しくないのだ。
それが挙げ句の果てには「私はこんなにがんばっているのに、誰も認めてくれない」という不満となって爆発する。

世の中に「しなければならないこと」などない。「いやいややらされていること」もない。
誰かに強制されているわけではなく、しなければ自分が困るから、したほうが幸せだと思うから、そうしている。
つまり、自分のために、よいと思うほうを自分の意思で選択しているのだ。

自分がそうしたいから、そうすべきだと思うから、している。
そう思ったほうが、はるかに楽しく、はるかに幸せだ。

(文・たかたまさひろ)
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