2011年11月26日

「とりあえず」でいい

「今日から怠け癖を改めて、真剣に勉強しよう」
「今日から人見知りをやめて、積極的に人に話しかけよう」
「今日から怒りっぽい性格を直して、心穏やかに過ごそう」

何か新しいことに挑戦しようと思っても、億劫だったり、失敗を恐れたりして、なかなか実行できないものだ。
また、どうにか腹を決めて実行に移したとしても、すぐに断念してしまい、かえって無力感にさいなまれることもある。

「今日から永久に○○するぞ」と思いつめても、三日ともたないことが多い。
「とりあえず、一日だけ○○してみよう」と気軽に始めれば、以外と長続きするものだ。

「今日だけ、真剣に勉強してみよう」
「今日だけ、積極的に人に話しかけてみよう」
「今日だけ、何があっても腹を立てないようにしよう」

人生を変えるのに、眉間にしわを寄せて悲壮な覚悟を決めることは、必ずしも必要ではない。
今日一日やってみて、少しでも満足や達成感がえられれば、自然と「明日もやってみよう」と思えるようになるはずだ。
「しなければならない」よりも、「したほうが気分がいい」という動機づけのほうが、容易でしかも強力である。

「またやりたいと思えたらしめたもの」ぐらいの軽い気持ちで、とりあえず、今日だけ実行してみよう。
明日もまた、一日だけのつもりでやればいい。
頭の中であれこれ悩むより、まず行動に移してみよう。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年11月21日

トークショーの司会

初対面の相手や好きな異性と二人きり。会話がはずまない。緊張して言葉がなかなか出てこない。
そんなときには、トークショーの司会になったつもりで、ゲストにインタビューするさまを思い描けばよい。

自分のためではなく、観客のために、相手の魅力を引き出すような話題を提供する。
「自分がどう思われるか」ということは忘れて、観客にゲストをよく知ってもらい、気に入ってもらうことを心がける。
「架空の観客」が楽しめるような会話は、きっと相手も楽しいはずである。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年11月16日

壁にぶつかり、限界を知る

できれば若いうちに、挫折を経験することは必要である。
全力を尽くしてはじめて、壁にぶつかり、自分の限界を知るのである。

「限界を知る」とは、殻に閉じこもるというような消極的な意味ではない。
最大限の努力をして壁にぶつかった人は、何も努力をしていない人よりも、はるかに広い世界を知っているといえる。
「自分の限界を知る」とは、「自分の世界を最大にまで拡げる」ということなのである。

自分の限界を知り、分限をわきまえるということが、大人になるということだ。
限界を知らない人は、「自分の実力はこんなものではない」「本当はやればできる」などといつまでも言い訳をして、結局何もなしえずに終わるのである。
自分に何ができるか、何ができないかを知り、できるかぎりのことをして、その中によろこびを見いだすのが、幸せな生き方である。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年11月11日

みんな子ども

他人の無神経な発言や無責任な行動に腹が立ったとき、怒りをしずめる応急的な方法として、「相手は幼い子どもだ」と考えてみればよい。
無邪気な子どもに何を言われても、何をされても、たいていは許せるはずである。

他人に対する怒りは、「相手を分別も良識もある一人前の大人であるとみなしつつ、非難している」という愛憎入りまじった不可思議な感情である。
他人に腹を立ててばかりいる人は、批判的すぎるのではなく、むしろ批判が足りないのである。
「相手を一人前の大人と認めず、子ども扱いする」のがもっとも厳しい批判である。
どうしても怒りがおさまらないなら、中途半端な批判はやめて、最大級の批判をすればよいのである。つまり、相手を子どもだとみなすのだ。

子どもは弱いのだから、大人が守ってやらねばならない。子どもが間違ったことをしたときは、大人が正しい道を示してやらねばならない。
それができず、文句を言ったりすねたりしているだけなら、自分も同じく幼い子どもだということである。

みんな子ども。
そう思えば腹は立たない。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年11月06日

愛することの報酬

人を愛すれば、自分も愛されたいと願う。
愛されたいから、少しでも自分を向上させようと努力する。
仕事や勉強にやる気が出る。明日もがんばろうと思う。
ささいな怒りや悲しみも吹き飛ぶ。
自分も愛されたらどんなに幸せだろうと、希望に胸が躍る。大声で叫びながら走り出したい気分になる。
あらゆるものが美しく輝いて見える。

それが、人を愛することの最大の報酬である。それだけで、その恋愛は大成功であり、大きな収穫をえたことになる。
「なぜ私を愛してくれないのか」と相手を恨むのは、自らその愛情の価値を汚すことになってしまう。

愛されたいと願うこと、それ自体がすばらしい。
実際に愛されるかどうかは、相手の好みと都合とタイミングによるもので、さほど重要ではない。
心から人を愛したなら、「こんなにも大きなよろこびと活力を与えてくれて、ありがとう。それだけで十分です」と思えるようになるはずだ。
そして、打算ではないが、そういう態度を示したほうが、実際に愛される確率は格段に高くなるのだ。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年11月01日

正しいプライドをもちたい

プライドを傷つけられて怒るよりも、何を言われても腹が立たないほどの自信をもちたい。

他人と自分を較べて嫉妬にかられるよりも、自分が好きだからこそ他人も尊重できる、そんな余裕がほしい。

「自分の仕事はもっと評価されるべきだ」と嘆くよりも、他人に認められるかどうかにかかわらず、どうしても成し遂げたいと思えるような仕事をしたい。

あれもこれもと欲張るよりも、与えられたものに満足している自分に誇りと愛おしさを感じる。

それこそが本当のプライドだ。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ