2011年02月25日

性格を変える必要はない

「活動的」な人は、「落ち着きがない」。
「社交的」な人は、「軽薄」だ。
「押しが強い」人は、「厚かましい」。
「ねばり強い」人は、「強情」だ。
「弁が立つ」人は、「いかがわしい」。

長所と欠点は、表裏一体だ。
長短あわせて、その人の性格をなしている。

自分の性格を無理に変える必要はない。
そもそも、生まれもった性格なんて、なかなか変えられるものではない。
欠点があることがいけないのではなく、欠点を気に病んで自信をなくしてしまうのがいけないのだ。

性格を変えるなら、新たな長所を手に入れるとともに、欠点も引き受けることになる。その欠点をまた批判する人が現れるだろう。
「他人に批判されるから」という理由で性格を変えていたら、永久にコロコロ変え続けなくてはならなくなる。
性格によいも悪いもなく、単に人それぞれの好みの問題にすぎない。

「口下手」な人は、「慎ましい」。
「消極的」な人は、「慎重」だ。
「涙もろい」人は、「感情がこまやか」。
「負けず嫌い」は、「向上心が強い」。
「鈍感」な人は、「おおらか」だ。

どんな性格でも、自信をもって堂々としていればいい。
それを好ましく思ってくれている人も必ずいるはずだ。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年02月19日

見られている

男は、その女の視線が気になって仕方がなかった。
電車に乗ったときに、たまたま目が合った。そのとき女は驚いたように、はっと目を伏せたのだ。妙に不自然な態度だった。

男は、少し離れた席に座り、悟られないように幾度か女を盗み見た。
どうやら彼女は、何気ないふりを装っているが、ちらりちらりとこちらをうかがっているようだ。
知り合いだろうか。いや、俺にはあんな美人の友人はいないはずだ。

顔を上げると、また目が合った。間違いない。俺を見ている。気のせいなどではなかった。
どこかで会ったのだろうか。知らず知らず恨みでもかったのか。
記憶をたぐったが、女の顔に見覚えはない。
好意の視線ではないことはたしかだ。一目惚れされるような柄ではないことは、自分でよく分かっている。

汚いものでも見るような目つき。なぜそんな目で見るんだ。俺がいったい何をしたっていうんだ。
そういえば俺は以前から、まったく悪気はないのに、突然人に怒られたり、嫌われたりすることがある。
俺の性格や行動に問題があるのかもしれないが、理由が分からないのだから、反省のしようがない。
どいつもこいつも、俺のことバカにしやがって。ちくしょう!
いい加減にしてくれ、ほっといてくれ。ああ、誰もいない土地で独りきりで暮らせたら、どんなに楽だろう。

駅に着いて電車を降りると、女もホームに降りてきた。
急ぎ足でこちらに向かってくる! 俺をにらみつけながら。
何か文句があるのか。

女は男の前に立ちはだかった。
男は腹をくくって、女を正面から見すえた。
俺は何も悪くない。ひるむものか……。
女は怒ったような、怯えたような顔で、言い放った。
「ちょっとあなた、何か用? 私のこと変な目でジロジロ見てたでしょう!」

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年02月14日

寛容になるには

他人に対して寛容になれる唯一で確実な方法。
「自分もそれほど偉くはないということをわきまえればよい」

しかしながら、これがしごく難しい。
自分では十分に慎み深いつもりでも、他人からは「まだまだ謙虚さが足りない」と見られているに違いない。
かといって、過剰なまでにへりくだるのは、これまた高慢さの裏返しである。

とまれ、他人のことをとやかく言うよりも、我が身を省みるのが先だということだ。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年02月10日

無上の幸せ

晴れた日の公園。
風にそよぐ木々の葉が、陽光に照らされて、宝石のようにきらめいている。
芝生に寝そべると、土と草のにおいが、身体にみずみずしい生気を呼び覚ます。
ゆったりと流れる雲はどこに向かうのだろう、と地平の彼方へ思いをはせる。

代価を払うこともない。人と奪い合う必要もない。妬みをかう心配もない。
こんな幸せが身近に転がっているのに、何をあくせく追い求めることがあるだろう。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年02月06日

よいもの、悪いもの

高級なステーキも、食べ残してゴミ箱に捨てられた途端、二度と口にできない汚物となる。
尿や便は、自分の体の中で生成されたものなのに、体外に排出されると、見るのも汚らわしい。
好きだった異性も、ふられた後は憎い存在となる。

対象そのものが変化したのではない。自分の見方が変わっただけだ。
独りよがりな価値基準で、損か得か、美しいかみにくいか、敵か味方かを区別している。相手に罪はない。
自分に都合のよい存在だけを認めようとするエゴが、嫌悪となってはね返ってきているのだ。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ
2011年02月02日

ありのままに

その昔、ある高僧が病に伏し、いまわの際を迎えようとしていた。
弟子たちは、和尚のまわりに集まって泣いていた。「今のお気持ちは」と問うと、和尚はひと言、「死にとうない」とつぶやいた。
深遠で尊い言葉を期待していた弟子たちは、いぶかってもう一度問い直したが、やはり和尚は、だだをこねる子どものように「死にとうない」。
本当のことを言ってくださいと尋ねると、返ってきた答えは、「ほんまにほんま」だった。

和尚は、弟子たちに高いところから説き聞かせようとせず、人間の弱さ、愚かさをありのままに示したのだった。

(文・たかたまさひろ)
このページの上へ