2010年10月27日

ああ、ちっぽけな自分

世界には70億人近くが住んでいる。
私はそのうちの一人にすぎない。

地球が属する銀河系は、数千億個の星からなり、直径は約10万光年。端から端まで、光の速さで飛んでも10万年かかる。
その気が遠くなるほど広大無辺な銀河系でさえ、宇宙の中では米つぶ以下である。

近隣のアンドロメダ銀河は、肉眼で見ることができるが、それでも200万光年以上も離れている。私たちは200万年前の光を見ていることになる。
200万年前。人類はようやく石器を手にしたころである。

銀河同士がさらに集団をなし、数十から数千個集まったものが、銀河団。直径は銀河の数百倍。
この宇宙の中に、銀河団は観測できるだけでも一万個以上あるという。

―― さて、メシ食って風呂入って寝るか。

(文・たかたまさひろ)
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2010年10月25日

どちらが損をしているのか

他人にバカにされたり、失礼な態度をとられたりして、不愉快な思いをしても、自分が損をしたと思う必要はない。
損をしているのは相手のほうなのだ。
そういう無神経な人は、誰からも愛されず、軽蔑され、疎外され、つまらない人生を送ることになる。
みずからに苦しみを課して修行している奇特な人だと思えばよい。

たとえば、十分な収入があるのに、あえて粗末な住居に住み、質素な食事をし、ぼろを着て生活している人を見ても、腹は立たないはずだ。その人自身が勝手につらい思いをしているだけなのだから。
ふつうの人は、広い家に住みたい、おいしいものを食べたいと望むものだが、中には、贅沢を戒めて禁欲的な生活をしている人もいるのだ。

人から嫌われるような行動をとる人は、自分は優れた人間だという思い上がりを排するため、わざと批判される立場に身を置いているのだ。つねに他人からの批判を受けることによって、「私はまだまだ未熟だ」と自省しているのだ。
実際はそうでなくても(たぶん違っているが)、それは他人の都合だから知ったことではない。

どちらにしても、損をしているのは相手のほうだ。
人から愛されて幸せに生きる権利を放棄して、わざとイバラの道を選んでいるのだ。
苦行をつんでいる修行僧だと思って、ご苦労さまと手を合わせておけばよい。

(文・たかたまさひろ)
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2010年10月20日

正しい悩みとは

人生には悩みごとが多い。
しかし、悩む価値のある悩みとそうでない悩みとを分ければ、悩みはずいぶんと減る。

「他人に嫌なことを言われた」
「他人が私の言うことを聞いてくれない」
「他人が私を大事にしてくれない」
などというのは、悩む価値のない悩みだ。
悩みというよりも、ただの不満であり、愚痴である。
他人が何を考え、どう生きるかは、他人の自由である。
それらは他人の問題であり、自分の問題ではない。

悩む価値のある悩みは、
「ふたつの選択肢のうち、どちらを選ぶのがよいか」
「私はこうしたいのに、なかなかできない。どうすればうまくできるか」
「事態を改善するために、自分は何をすべきか」
などである。

自分のことについて悩めばよい。それで十分だ。
他人を変えることに労力を費やしていては、人生の時間をすべて使いきっても足りないだろう。

(文・たかたまさひろ)
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2010年10月14日

あったほうがいいが、なくてもいい

人には好かれたほうがいいが、好かれなければ幸せになれないわけではない。
お金はできるだけ多くあったほうがいいが、少なくても不幸だというわけではない。
夢や目標はかなえられたほうがいいが、かなえられなくても生きていくことはできる。

何かを手に入れようと努力することは大切である。
はじめから何もせずあきらめるのは、ただの無気力であり、怠惰だ。
ときにはがむしゃらに、死にもの狂いで困難に挑むことも必要だ。

しかし、「これを手に入れられなければ幸せになれない」というかたくなな考え方は、大きな不幸を招く。
絶対に手に入れなければならないもの、けっして失ってはならないものなどない。

「これがなければ幸せになれない」と考えるのは、「ありのままの自分を受け入れる」という、人生で乗り越えるべきもっとも重要な課題を放棄することになるのだ。

(文・たかたまさひろ)
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2010年10月09日

平凡な人生

「平凡な仕事を10年も続けてきた」

その人の人生は、けっして平凡ではない。
真似をしようと思えば10年かかるのだから、そう簡単になしえることではない。

時間はただ流れ去るものではなく、積み重なっていくものだ。
平凡な毎日でも、10年には10年分の重みがある。

平凡な人生に満足できる人は、平凡ではない。
平凡な仕事を10年も続けてきたことを誇ってもよいのだ。

(文・たかたまさひろ)
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2010年10月04日

人の心は分からない

他人が何を考えているか分からない、といって嘆く必要はない。
他人の考えていることは分からないものだ。

「あの人は、表面的には愛想よく接してくれるが、内心では私のことをうっとうしいと思っているのではないか」
そうかもしれないし、そうではないかもしれない。
そういうときもあるだろうし、そうでないときもあるだろう。
人の頭の中をのぞき込むことはできないのだから、そんなことでいくら悩んでも仕方がない。

仮に自分が好かれていなくても、相手は態度に表さずにいてくれる。自分を気遣い、尊重してくれている。それが重要だ。それで十分だ。

仲良くしていた人が、実は自分を見くだしていたということが分かったとしても、「私をそんな風に思っていたのか」と怒ってはいけない。
では、口に出してバカにされていれば満足だったとでもいうのか。
相手は、自分に気を遣ってそれを黙っていてくれたのである。気を遣って、気を遣って、挙げ句に責められたのでは、相手もたまったものではない。

人の気持ちを想像し、理解しようと努力することは大切だ。
しかし、「私はあの人の考えていることがすべて分かる」などと思い上がってはいけない。
人はそれほど単純ではない。

他人はけっして自分の思い通りにはならない。
人の心は分からなくて当然なのだ。分からなくてもかまわないのだ。

(文・たかたまさひろ)
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