2010年05月30日

ああすればよかった

「あのとき、ああすればよかった」と後悔しても、そのときは気づかなかったのだから仕方がない。

以前は分からなかったことが、いまは分かる。
進歩したことをよろこぶべきなんだ。
はじめから何もかも分かっている人はいない。

後悔したことは、二度と繰り返さない。それでいい。
そうやって人は成長していくんだ。

(文・たかたまさひろ)
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2010年05月26日

素直に好意を示す

「あなたは私を受け入れてくれるでしょうね?」
「私を見捨てたりしないでしょうね?」
とビクビク他人に嫌われることに怯えるよりも、
「私はあなたといると楽しくて仕方ありません」
と単純に、素直に好意を示したほうが、好かれる可能性は格段に高まる。

(文・たかたまさひろ)
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2010年05月22日

こんな人がいてくれたら

こんな人がいてくれたらなあ……。
と思う人に、自分がなればいい。

自分ができないことを
人がしてくれないからといって
文句を言ってはいけない。

(文・たかたまさひろ)
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2010年05月21日

あるものを数えよう

「ないもの」ばかりを数えて嘆いてばかりいる人には、神さまは、さらに大切なものを奪うという試練を与える。
「いま、あるもの」に感謝する心を芽生えさせるために。

「ないもの」ばかりを数えてもきりがないが、同じように「あるもの」だっていくらでも数え上げられる。

あれもある。これもある。
失ってはじめて気づくのではなく、あるうちにそのありがたみをかみしめよう。
失うことに怯えるのではなく、一度でも与えられた幸運に手を合わせよう。
幸せとは、そういうものなんだ。

(文・たかたまさひろ)
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2010年05月16日

ゆっくり行こう

朝、通勤の駅まで、また乗換駅のホームで、階段で、スタコラサッサ、走れ、走れ。
間に合わない、遅れると大変だ!

だが、待てよ。
本当にそんなに急がなくてはならないのか。

毎朝、十分か十五分、早起きして、早めに家を出ればいいんじゃないか。
眠たい朝の一分、二分はたしかに貴重である。少しでも長く布団にもぐっていたい。
しかし、駅で全力疾走するのと、少し早く起きるのと、どちらがしんどいだろうか。

何か非常事態が起こると遅れてしまうという不安。
転んでケガをする、あるいは他人にケガを負わせる危険。
それらのリスクを背負ってまで、時間ギリギリに急いで走る必要があるのか。

早く起きて、早く行動を起こすほうが、心身ともにストレスなくすごせるのではないだろうか。
一日二十四時間のうち、十分の無駄がどれだけの損失だというんだ。いや、無駄どころか、余裕というプラスではないか。

駅に早く着いたら、持参したお茶でも飲みながら、ゆったりと電車を待てばいい。
電車から降りたら、ホームでちょっとひと息。押し合いへし合い、ぎすぎすした混乱の中をわれ先に突進することはない。30秒も待てば、ホームに人はいなくなる。ゆったりと改札に向かえばいい。

のんびり歩こう。
ときには立ち止まり、深呼吸でもしながら。

(文・たかたまさひろ)
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2010年05月14日

人のせいにしない

大人になるとは、どういうことなのだろうか。
そのもっとも大きな要素の一つは、「人のせいにしない」ということじゃないだろうか。

何ごとも自分で決断し、自分で実行し、不可抗力による不本意な結果さえ、自分の責任として受け入れる。
「人に言われたからやった」のだとしても、「人に言われ、自分もそうしようと思ったから、やった」のだ。

人のせいにしない。
自分の人生の主人公になる。
それが大人の条件だ。

「他人が私を幸せにしてくれない」「他人のせいで、私は不幸なのだ」などと繰り言を言っているうちは、まだまだ幼稚な子どもだ。
私は他人の飼い犬でも奴隷でもロボットでもない。
自分の幸せは自分で決める。

幸福も不幸も、外から与えられるものではなく、自分の内側から生まれるものなんだ。

(文・たかたまさひろ)
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2010年05月09日

人生は面倒くさいもの

生きていくということは、そもそも面倒なものだ。
友人や親戚との付き合いも、恋愛も、勉強も、仕事も、結婚も、子育ても、何もかも面倒くさい。それがつまり、生きがいであり、張り合いである。
「面倒くさいのが当たり前」と思えば、思い通りにならないからといっていら立ったり気を落としたりすることはない。

何もかもがとんとん拍子に運べば、それがはたして幸せだろうか。

面倒くさいのが当たり前。
そこから一つでも二つでも喜びや充足をえられれば儲けものなんだ。

(文・たかたまさひろ)
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2010年05月04日

楽しめば損はしない

「私だけがよけいに働かせられて、損をしている」というのは、自分がその仕事にやりがいを感じていないからだ。
テレビ局の人気アナウンサーが「なぜ私だけ担当番組が多いのか」と文句を言うのを聞いたことがない。

「いやいややらされている」と思うから、損だと感じる。
自ら進んで、楽しんでやっていると思えば、損はしない。

(文・たかたまさひろ)
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2010年05月01日

死を恐れる必要はない

死を恐れるのは、無意味なことだ。
生きているうちは絶対に死なないのだし、死んでしまったら恐怖さえ感じなくなるのだから。

(文・たかたまさひろ)
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