2010年04月28日

他人に裏切られない方法

友人や恋人に裏切られない方法。
付き合う相手を「自分に何をしてくれるか」で選ぶのではなく、その人柄で選ぶこと。

一緒にいて楽しい人、意志の強い人、他人に気を遣える人、目標に向かって努力している人、困っている人を助けられる人……。
相手の長所に目を向ければよい。

人の気は移ろいやすいが、人柄は簡単に変わるものではない。
たとえ相手が自分に何もしてくれなくても、自分が相手から何かを学べばよいのだ。それ自体が大きな利益だ。
けっして裏切られることはない。

(文・たかたまさひろ)
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2010年04月24日

自分に自信をもつには

「自信」とは。
「自分は何でもできる、優れた人間だ」と思い上がることではない。
「自分にはまだまだ足りないところがある。もっと努力が必要だ」という謙虚な気持ちは忘れてはならない。

「自信」とは。
「できるかぎりのことをして、どのような結果になっても受け入れる」という覚悟である。
つまり、「やる気」ということだ。

「自分に自信をもつにはどうすればよいか」
そんな疑問が生まれるのは、やる気がないということである。
やる気もないのに、自信をもつことなどできない。

では、どうすればやる気を出せるのか。
やる気とは、無理やりつくり出すものではない。
やる気がないなら、それはそれでかまわないのだ。
「失敗して傷つくより、何もしないほうがましだ」
自分でそう判断しているのだから、それ以上の策は望むべくもない。
損をしないかわりに、得もしない。のっぺりとした毎日を送る。
本気でそれでもよいと思うのなら、別にかまわないのだ。

「失敗してもいいから、とくかく挑戦してみたい」
何かをやらずにはいられない衝動にかられたなら、やる気は自然に生まれる。
そうなったとき、「自信をもつにはどうすればよいか」などという愚問はもはや浮かばない。
自分が成長するために、自分が人生を楽しむために、行動する。
ただそれだけだ。何を臆することがあるだろう。

失敗して笑われることを恐れる必要はない。
失敗した人を笑うのは、何かに真剣に取り組んだことのない人たちだけだ。

失敗したなら、そこから何かを学び、ふたたび挑戦すればよい。
自信とは、成功か失敗かという結果ではなく、それに立ち向かう姿勢から生まれるものなのだ。

(文・たかたまさひろ)
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2010年04月21日

まず自分が他人を認める

「世の中の誰一人として自分を認めてくれない」などということはありえない。もしあるとすれば、それは自分が他人を尊重していないからだ。

十人の人を尊重すれば、そのうち一人ぐらいは自分を認めてくれるはずである。
残りの九人が無駄になるわけではない。
自分の心がそれだけ豊かになったのだから。

「何人から認められているか」ではなく、「自分がどれだけ他人を尊重しているか」を考えよう。

(文・たかたまさひろ)
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2010年04月19日

健康が何より大切

ストレスは万病のもと。
イライラ、ムカムカ、クヨクヨするのは身体によくない。

「絶対に許せないこと」など、そうそうあるものではない。
ほとんどのことは、気にしなければ何でもないことなんだ。

気にするまいと思っても気になるのだから仕方がない?
いや、「どうしても気になってしまう」のではない。自らの意思で「気にしている」のだ。
「自分の思い通りにならないと気がすまない」という片意地が、自分の心をむしばんでいるのだ。

難なく思い通りになっていることは、当たり前のこととして、よろこびもありがたみも感じていない。
そのごう慢さが自分を苦しめているのだ。
不満を数え上げればきりがないが、同じように、幸せも見つけようと思えばいくらでも見つけられる。

怒りや悲しみに襲われたときは、自分の胸に優しくこう語りかけよう。
「健康が何より大切」
自分の健康を犠牲にしてまで気に病むべきことなんて、何もない。

(文・たかたまさひろ)
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2010年04月16日

自分が選んだ結果

恋人や配偶者を悪く言うのは、自分自身をおとしめることになる。
そんな相手しか選べない自分も、しょせんは同類だということだ。

自分の仕事がつまらないと嘆くのは、自らの価値を否定することになる。
誰でも、自分が選べる範囲の中でもっとも条件のよい仕事を選んでいるはずだから。

不平を言う前にやるべきことは、自分を磨いて人生を楽しむ努力をすることである。

(文・たかたまさひろ)
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2010年04月12日

図太く生きる

誰からも嫌われている、憎たらしい人にも、学ぶべき点はある。
人からどう思われているかなど気にもとめず、図太く、ふてぶてしく生きていることである。

嫌われようが、批判されようが、(めったなことでは)命までとられることはない。
人からどう思われても、生きていける。
もちろん、好かれればそれに越したことはないが、たとえ嫌われても、人生が終わるわけではないんだ。

びくびく怯えることはない。
多少は図太く生きてもいいんだ。

(文・たかたまさひろ)
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2010年04月07日

「どうせ」は禁句

「どうせ私は社会的地位が低いから、皆からバカにされているのだ」と言ってはいけない。
社会の底辺を支えるような仕事をしている人でも、人の役に立ち、立派な生き方をしている人はたくさんいる。

「どうせ私は貧しいから、幸せにはなれないのだ」と言ってはいけない。
貧しくても、清く明るく生き、誰からも慕われている人はたくさんいる。

そういう人たちと自分との違いをどう説明する。
さらに自分を卑下して、「不幸である理由」を探すのか。

自分を情けないと思うこと自体が情けないんだ。

「どうせ私は○○だから」と自分を卑下するのは、同じ立場の人々を侮辱することになる。とても失礼な発言だ。
どのような境遇にあっても、幸せな人は幸せだし、不幸な人は不幸。
自分の境遇をどのように受け入れるかという問題なんだ。

不幸な人が不幸である理由は、
「どうせ自分は不幸だとひがんでいるから」
この一言につきる。

(文・たかたまさひろ)
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2010年04月04日

悪い人

世の中に「悪い人」というのはいない。
「弱い人間」「愚かな人間」がいるだけだ。

みんな、弱い自分を守るのに必死なんだ。
それをわらう資格は私にはない。

(文・たかたまさひろ)
悪い人 | 分類: 怒り
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