「私はどこどこの大学を出た」
「家族や親戚が大手企業に勤めている」
「有名人の友達がいる」
自慢話の好きな人は、どこの社会にもいるものである。
会うたびに自慢をされるのがわずらわしい。だが、それがどうしたという顔をすれば、嫉妬しているみたいで、これまたしゃくに障る……。
そういうやっかいな相手には、どう対処すればいいのだろうか。
自慢ばかりする人は、本当は「バカにされたくない」という不安の人一倍強い人である。他人と張り合って、つねに自分の優位を確認しておかなければ気がすまないのである。
自慢をするには、「張り合いがいのある相手」を選ばなくてはならない。自慢話に悔しがってくれる人は絶好のターゲットである。
相手が悔しそうな表情を浮かべてくれてこそ、自慢のしがいもあるというものである。
他人に自慢話をされたくなければ、「自慢のしがいのない人」になればよい。
自分と他人を比較せず、自分なりの楽しみや生きる目的を見つける。他人の長所を素直に認め、自分の値打ちも認められる。
そういう考え方に従っていれば、他人の自慢話など気にならなくなるはずである。気にしないといっても、あえて無視するのではなく、「あなたはすばらしい。でも私は私で、幸せに生きていますよ」と、余裕をもって相手を受け入れるということである。
「自慢話をされて悔しい」。そう思ったなら、自分も他人に対抗し、優位に立ちたいという願望の強い証拠である。根っこの部分では自慢好きな人と同じなのである。
くだらない競争の舞台からはさっさと降りてしまうにかぎる。
自慢話に悔しがってくれない相手には、自慢をしてもつまらない。
自分が張り合おうとしなければ、自慢好きな人は自然に離れていくだろう。
2012年05月18日
2012年05月10日
傷つけられても
平気で無神経なことを言う人。
自己の利益のために他人を利用する人。
他人を見くだすような態度をとる人。
どこにでも、憎たらしい人というのはいるものである。
そういう人に傷つけられたからといって、「仕返しをして、思い知らせてやりたい」などとは考えないほうがよい。
他人に嫌われる性格の人は、「嫌われている」ということ自体が大きな不幸である。
他人の痛みが分からない人は、「他人の痛みが分からない」ということ自体が大きな不幸である。
「自分を傷つけた相手に思い知らせてやらなければ気がすまない」と考えるのは、「相手のほうが得をしている」と思い込んでいるからである。
平気で他人を傷つける人も心が貧しいが、「傷つけたほうが得をしている」と考えるのもあまりにも浅はかだ。
相手は十分不幸なのだから、これ以上思い知らせてやる必要はない。
自分で自分の顔を殴っている人を見て、さらに殴ってやりたいとは思わないはずである。
下手に仕返しをして、逆恨みをされてはかなわない。
自分自身を苦しめている人は、その愚かさに気づくまで、ほうっておいてやればいいのだ。
自己の利益のために他人を利用する人。
他人を見くだすような態度をとる人。
どこにでも、憎たらしい人というのはいるものである。
そういう人に傷つけられたからといって、「仕返しをして、思い知らせてやりたい」などとは考えないほうがよい。
他人に嫌われる性格の人は、「嫌われている」ということ自体が大きな不幸である。
他人の痛みが分からない人は、「他人の痛みが分からない」ということ自体が大きな不幸である。
「自分を傷つけた相手に思い知らせてやらなければ気がすまない」と考えるのは、「相手のほうが得をしている」と思い込んでいるからである。
平気で他人を傷つける人も心が貧しいが、「傷つけたほうが得をしている」と考えるのもあまりにも浅はかだ。
相手は十分不幸なのだから、これ以上思い知らせてやる必要はない。
自分で自分の顔を殴っている人を見て、さらに殴ってやりたいとは思わないはずである。
下手に仕返しをして、逆恨みをされてはかなわない。
自分自身を苦しめている人は、その愚かさに気づくまで、ほうっておいてやればいいのだ。
2012年05月04日
何を隠そうとしているのか
他人に対する怒りとは、ほとんどの場合、「自分が認めたくない感情」を隠そうとする働きである。
恥。嫉妬。罪悪感。敗北感。自己嫌悪。
自分を好きな人、自分の人生を楽しんでいる人は、他人の言動にいちいち目くじらを立てたりしない。
怒りを感じたときは、自分に正直にこう問いかけてみよう。
「私は、いったい何を隠そうとしているのか」
自分では弱みを隠しているつもりでも、他人にはきっと見破られているに違いない。他人をあまり見くびらないほうがよい。
自分の中のみにくい感情に対する扱い方は、二通りしかない。
「はっきりと認めて、向き合う」か、「ごまかそうとして、陰で笑い者にされる」かのどちらかだ。隠し通すことなどできない。
自分の弱さを認めることは、恥ずかしいことではない。弱さを認めまいとして強がることのほうが、何倍も恥ずかしいことだ。
恥。嫉妬。罪悪感。敗北感。自己嫌悪。
自分を好きな人、自分の人生を楽しんでいる人は、他人の言動にいちいち目くじらを立てたりしない。
怒りを感じたときは、自分に正直にこう問いかけてみよう。
「私は、いったい何を隠そうとしているのか」
自分では弱みを隠しているつもりでも、他人にはきっと見破られているに違いない。他人をあまり見くびらないほうがよい。
自分の中のみにくい感情に対する扱い方は、二通りしかない。
「はっきりと認めて、向き合う」か、「ごまかそうとして、陰で笑い者にされる」かのどちらかだ。隠し通すことなどできない。
自分の弱さを認めることは、恥ずかしいことではない。弱さを認めまいとして強がることのほうが、何倍も恥ずかしいことだ。






